輸送
水素の輸送方法 [1]
製造された水素を運ぶ方法としては、現在以下の4種類の方法が利用されています。
- 高圧で圧縮して運ぶ
- 低温で液化して運ぶ
- パイプラインで運ぶ
- 他の物質に変換して運ぶ
高圧で水素を圧縮して運ぶ方法は、水素の輸送手段としてはもっとも多く使われています。高圧タンクに詰めた水素で走る燃料電池自動車(FCV)はまさにこの例ですし、実験用などに使われる小規模な利用では高圧タンクに入れた状態で産業ガス会社から販売されています。また、より大量の水素を輸送する場合には、長尺の高圧水素タンクを搭載した専用のトレーラー (ローリー)で輸送します。
水素は−253度まで冷却すると液化して体積が約800分の1になり、同じ体積でより多くの水素を運ぶことができるようになります。液化水素は、ロケット燃料のように液化水素自体が必要な場合や、大量の水素を輸送する場合に使われています。輸送の際には液化水素タンクを備えた専用のタンクローリー車や、液化水素タンクを備えたトレーラー用コンテナで運びます。
都市ガスのように水素専用のパイプラインを使う方法は、大量の水素を輸送する場合に最適ですが、パイプラインの距離に応じて設置コストがかかります。現在の日本では、水素のパイプライン輸送は製鉄所で作られた水素を近隣の化学工場に輸送するなどの近距離利用に限られています。[2]
さらに、作り出した水素をそのまま輸送するのではなく、いったん別の化学物質に変えて輸送し、利用先で再び水素へ戻すという方法も開発が進められています。例えばトルエン(C7H8)を水素と反応させてメチルシクロヘキサン(C7H14)に変えて輸送する技術の実用化に向けた実証が進められていますが、トルエンやメチルシクロヘキサンは常温・常圧のままケミカルタンカーやタンクローリー車などで運ぶことができるほか、体積が500分の1になることが利点です。
他にも水素を一旦化学変化させて蓄える物質として、アンモニア(NH3)なども研究されています。
より詳しく知りたい
海外では長距離輸送にも使われる水素パイプライン[1]
日本国内では、コスト面等から水素の長距離輸送にパイプラインが使われている例はありませんが、海外では数百kmにのぼる水素パイプラインが整備されている例があります。例えば、フランス・ベルギー・オランダでは3国間を横断する全長830kmにのぼる長距離パイプライン網が整備されているほか、ドイツでも全長240kmの長距離パイプライン網が作られています。これらのパイプラインは、おもに工業用に使われる水素の輸送に使われています。
ヨーロッパ各国で整備されている長距離パイプライン網の路線図(DELIVERABLE 2.1 AND 2.1a “European Hydrogen Infrastructure Atlas” and “Industrial Excess Hydrogen Analysis” PART III: Industrial distribution infrastructureより引用)
圧縮水素の輸送は高圧化が進む[1][2]
1回の輸送で効率よく運ぶためには、タンクに詰める際の圧力を高めることが求められます。また、FCVでは700気圧という高圧水素を貯蔵するため、輸送の段階から高圧化が主流となっています。
そこで、これまで使われていた200気圧程度の高圧水素タンクに代わるものとして、450気圧程度の輸送用高圧水素タンクが開発・実用化されています。450気圧タンクには、タンク自体の軽量化や強度を高めるために、従来のステンレス鋼製ではなく、アルミニウム合金製やプラスチック製の容器に炭素繊維を巻き付けた複合容器が使われています。
大量輸送に威力を発揮する液化水素[1][3]
液化水素輸送船と神戸市で建設中の液化水素の陸揚げ基地
(写真提供:技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構)
水素を液体で運ぶ場合、まずは水素が液体になるまで低温に冷やす必要があります。現在使われているおもな方法では、まず水素を気体のまま液化窒素などで冷却したあと、さらに圧縮→冷却→膨張を繰り返すことで液化する-253℃まで温度を下げます。これは、冷蔵庫やエアコンなどで冷たい空気を作る方法と原理的には同じです。液体になった水素は、外からの温度で再び暖まらないように、間に真空をはさんだ二重構造の容器に入れます。これは、真空の場所は熱が伝わらないという性質を利用したもので、身近なところでは魔法瓶がこの原理でポットの中のお湯や冷水の温度を保っています。
液化水素は、常温・1気圧の水素ガスと比べると800分の1の体積になるため、同じ大きさのタンクで圧縮水素より大量に水素を運べるメリットがあります。一方で、液化するまでの冷却に要するエネルギーをどれだけ減らせるかが課題となっています。また、真空のタンクでもわずかながら外部の熱が液化水素に伝わるほか、輸送する際の揺れで液化水素の温度が上昇することもあり、一部の液化水素は再び気体に戻ってしまいます。この気体に戻る現象をボイルオフといい、気体の水素をそのままタンクに溜めておくとタンク内が高圧になり危険なため、気体の水素を外部に放出する必要があります。そのため、より熱を通しにくい容器の開発や輸送時の揺れを少なくするなどで、液化水素のボイルオフ量を少なくする研究が進められており、ボイルオフする量を1日で1%以下にする技術も確立しています。
2019年12月には、日本の「未利用褐炭由来水素大規模海上輸送サプライチェーン構築実証事業」の一環で、世界初の液化水素運搬船が進水しました[5]。2020年度内に豪州で製造された液化水素を日本へ輸送する実証を行います。
常温で運べる有機ハイドライド利用[4]
子安オフィス・リサーチパークにある有機ハイドライドを利用する実証装置
(写真提供:千代田化工建設)
水素をより運びやすい物質に変化させたあと再び水素に戻すことが簡単にできれば、高圧や超低温にせず輸送することができます。そのための技術として注目されているのが、有機ハイドライドによる輸送方法です。
例えばトルエン(常温で液体)に水素を反応させてメチルシクロヘキサン(常温で液体)に変換してしまえば、一般の化学タンカーや化学トレーラーで輸送できます。このような有機ハイドライドについては、輸送した物質から再び水素を取り出す工程(脱水素工程)が難しく、長年実用化は厳しいといわれてきましたが、最近になり高性能な脱水素触媒が日本で開発され、トルエンとメチルシクロヘキサンを使った実用システムの開発に成功しました。
メチルシクロヘキサンは1気圧では-126~101℃まで液体のため、低温や高圧にする必要なく液体のまま輸送できるメリットがあります。
2019年12月には、日本の有機ケミカルハイドライド法による未利用エネルギー由来水素サプライチェーン実証」の一環として、ブルネイ・ダルサラーム国に建設した水素化プラントにて製造された水素がメチルシクロヘキサンに変換され、4月には水素の分離に成功しました[6]。今後、トルエン~メチルシクロヘキサンの循環を繰り返す実証を行います。
また、有機ハイドライドのように水素を運ぶための物質として注目されているのがアンモニアで、こちらについても開発・研究が進められています。ただし、燃料電池に水素を利用する場合、0.1ppm(1000万分の1)といった少量でも燃料電池の性能を悪化させるため、より高純度で水素を取り出す技術が必要となります。
注:高圧ガスとは、高圧ガス保安法によって「常用の温度で圧力が1MPa(メガパスカル、約10気圧)以上になるもので、現に1MPa以上のもの」と定義されています。
文献リスト
- [1] 新エネルギー・産業技術総合開発機構(2014)『NEDO 水素エネルギー白書 2014』pp.3-4
- [2] ガスレビュー(2013)『ハイドリズム4』ガスレビュー, pp.16-17
- [3] 岩谷産業(2013)『水素エネルギーハンドブック』p.10
- [4] 市川勝(2008)「エネルギー貯蔵技術としての有機ハイドライドと再生型水素利用燃料電池の開発」『エネルギー貯蔵気の貯蔵・輸送 電気・熱・化学』pp.387-409 NTS
- [5] 新エネルギー・産業技術総合開発機構『世界初、液化水素運搬船が進水』(2019年12月11日)
https://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_101250.html - [6] 次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合『【世界初の国際間水素輸送】ブルネイ・ダルサラーム国にて製造された海外水素が本邦初上陸』(2019年12月18日)